「刺激」と「孤高」

2014.11.14

別々の日、別々の人に、別々の場所で、こんなことを言われた。
「本当にいつも沢山の刺激を貰い、とても影響を受けています。」
とても嬉しい言葉だ。
僕の人生のテーマは「人に影響を与える人生を!」
(相手にとって良きも悪きも、相手の価値観を揺さぶり、その後の人生に大きな影響を与える)
だから人に言われるととても嬉しい。
「全ての行動に意味があって、色んな所に神経張り巡らし、無駄がない。
あったとしても無駄にしない。
物事を瞬時に掘り下げ、柔軟だし、判断力がすごい。
孤高やわ…孤高。」
恐縮してしまう…
改めて、ネットで「孤高」を調べてみた。
「孤高(ここう)とは、個人の社会生活における1つの態度を表し、ある種の信念や美学に基づいて、集団に属さず他者と離れることで必要以上の苦労を1人で負うような人の中長期的な行動とその様態の全般を指す。
本来は俗世間との通行を自ら断って1人で道を求める者の姿を指しており、私利私欲を求めず他者と妥協することなく「名誉」や「誇り」といったものを重視する姿勢から、周囲が「気高さ」を感じるような良い意味での形容に用いられる他に、協調性を欠いた独自の態度を軽く批判する場合にも用いられる。
迎合主義の対極に位置する。芸術家や指導者に多く存在する。」
自分も相手も成長し、深い意味で理解し合う為には、ハッキリ自分の考えを相手に伝えなければならない。
それ故、この国ではとかく煙たがられる事が多い。
しかしながら、物事の本質を理解してくれる人は少数ではあるが必ず存在する。
改めてそんな少数の人間関係は大切にしたいと思いました。
残り少ない自分の人生を、より深くする為にも。